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僕がSNSで感じるめんどくさい誤解と希望

 

自分のことを自分で

客観的にみる印象と、

友人が自分を見る印象

は当たり前だけど

違ってる。

 

 

想像以上に好きだと思われて

いたり、嫌いな割合がその

人の心に多い。そんなこと

もあるだろう。

 

 

実際、僕自身、元気がない

ときは嫌われてるかなあ

と漠然と思うことが心の

大半を占めることもある。

 

 

ぼくはSNSの世界では、そういう

想像をよくしてしまう。

漠然と、嫌われている・恥ずかしい

という気持ちになり絶望する。

そういう瞬間がある。

 

 そう、そういう

ことがSNSのめんどくささ

としてあるんだと思う。

 

 

そういうめんどくささを

誰かも感じているのだろうか。

 

 

そういう時間が膨れると、

誤解してお互い関係を築いて

いきたいのに、連絡をとらない

場面は見えないだけで、きっと

沢山あると思う。

 

 

【連絡しないけど、思いだして元気かな

と思っているよ】

 

とか

 

【いいね!を敢えて

押さないけど、ちゃんと見守っているよ】

とか

 

【あなたの今やっていることに興味

はないけど、あなたと一緒にいて楽しかった】

とか

 

そういう心の動きは見えないだけ

で水面下ではちゃんと存在して

いるんだろう。

 

 

人のことを100%嫌い

になんてなれるわけない。

 

嫌いという感情で覆うことは

できるけど、その下に悲しみ

と一緒に好きのかけらも必ず

あると思う。そう信じたい。

 

 

SNSの世界において、これからも

その人が生きている場所の

細分化は進んでいくと思うが、

 

その中でも、印象についての

誤解が溶ける方向に発展して

いくことができたらSNS

はもっと使いやすくなり、

誤解してしまうことにより、

やむなく孤独を選んでしまう

人を変えられるのではないだ

ろうか。

 

休日土曜日の朝から山下達郎を

聴きながら妄想していました。